トレーニングというと大袈裟に聞こえますが、要するに毎月どれだけ走るかという目安です。
最初はジムのトレッドミルで3km走ってゼイゼイ言っていた僕は、結局レースでの感動に背中を押されて、レース参加を中心に力をつけていきました。
別の言い方をする練習で走るよりもブッツケ本番で走る方を楽しみにしてたんです。
感動の山中湖一周を完走(歩き入り)後、半月くらいしてから練習を始めました。
週末しか時間がとれず(それほど積極的に時間を作ろうとしなかったってことですね)土曜日と日曜日の合計で10kmちょっと。
月に50km走れればいいほうでした。せいぜい週2日ペースですね。
一ヶ月くらい経って5kmが無理なく走れる様になってからは、平日を含めて「週3日走り」と、月間60km~80kmを目標にしましたが、仕事中心の毎日はなかなかそうはさせてくれません。
結局、月50km前後で推移してましたね(汗)。
この頃は手帳に走行距離を書きとめて、自分の走りを可視化(ビジュアライズ!)することで励みにしていました。
この可視化って結構大切だと思います。
走る速度ですが、ペースとしては1kmあたり6~7分。 ゆるいジョギングです。
ちなみに、ランナーの人達はスピードの表現にこの「Kmあたり何分」という単位を使います。
時速何キロという表現はしません。
Kmあたり6~8分は、LSD(Long Slow Distance: ゆっくりと長い距離を流して走る)と呼ばれる走りの部類です。 走り込んでいる人が、LSDと言うとき、距離としては最低20~30kmくらいのイメージなのですが、この頃の僕にとっては10km でも十分に Long です。
最初、脚の筋力がしっかり付くまでは決して無理をせず、遅いペースで少しでも長い時間身体が動くようにトレーニングするべきだと思います。
kmあたり5~6分ペースまでもっていけるかは一つのチャレンジでした。
kmあたり5分台で長時間走り続けるようになるには結構大変です。
フルマラソンを4時間以内で完走することをサブフォーと言いますが、そのためには5分40秒/kmで走り続けなくてはなりません。
僕はサブフォーまで丸3年を要しました。(嬉しかったですねぇ~)
ちなみに、語源としてはサブスリー(フルマラソン3時間切り)というのが元祖の意味だと思います。エリートランナーの証ですね。
スピードに拘らず LSDペースで走れるようになれら、徐々に距離を伸ばしていきます。
脚の筋力が強化されてきて、スピードが上げられる状況になったとしても速度を上げず、
距離や走行時間を伸ばすことを心がけるべき
僕は一時調子に乗って、途中に4分半/kmのペースアップを何回かインターバルで入れるということをやりましたが、即脚を痛めました(涙)。まだまだ脚力が十分ではなかったんですね。
結局、毎月のレース参加と、 「LSDペース」と「レースペース」での走りを組み合わせた
週末10~15km 程度のラン。
このペースで翌年の年末までのいくのですが、
この間に月に100km以上走れたのは2回しかありませんでした・・・・とほほ。
それでも初レースから1年半後にはフルマラソン(袋井クラウンメロン・マラソン)に出場して、5kmほどは歩いてしまいながらも制限時間以内にゴールし、またまたレースの感動というエネルギーを得ることになったんです。
このレースの楽しさをモチベーションにして走り続けるということが、「そこそこ」効果があって走り続けたのですが・・・、
「走った距離は裏切らない」という名言は、裏を返せば、
「走ってなければ、それなりにしか結果は訪れない」ということなんですね。
フルマラソンをゴールした勢いで、大して練習距離も伸ばさずに、レースレースと楽しんできた僕はその一年後、練習の大切さを痛感することになります。
2006年の荒川市民マラソンでの敗北的走りです。 5時間以上かかったことは問題ではないんです。 ゆっくりでも楽しく走ることができればいいのですから。
電車も止まるような強風というハンデがあったにせよ、身体が辛くて、歩いてばかりで、全然楽しくないレースでした。 フルマラソンチャレンジ4回目ということもあって、レースを甘くみていたんでしょうね。 前の晩の深酒、スタートぎりぎりに会場へ到着、アップ不足・・・。 すべて自分の責任です。
この悔しい経験をきっかけに、まだ達成できていなかったフルマラソン「完走」に向けてきちっと練習をしようと心に決めました・・・。
